第1章 発掘メモ・なぜ見送るのか
発掘ファイル #02 は、誰もが名前を知っている 三菱重工業(7011)。防衛、原子力、ガスタービン── ニュースで「防衛株」「国策銘柄」として何度も取り上げられ、株価も大きく上がってきた会社です。
ただ、この記事の結論は先に言ってしまいます。ハロは買いません。見送りです。
「お宝企業発掘」と言っておきながら見送り? と思われるかもしれません。でも、発掘ファイルは「買う候補を見つける」だけのものではありません。人気でも、自分の基準に合わなければ静かに見送る── その判断こそ、自分の頭で投資する人にとって一番大事だと思っています。
なぜ過去最高益の会社を見送るのか。その理由を、数字を一つずつたどりながら残していきます。
第2章 この企業との接点 — ブームに乗らなかった
第3章 ビジネスモデル — 重工業で稼ぐ構造
この企業を一言で
「国とインフラがお客さんの、重工業の総合メーカー。
特に今は 防衛とガスタービン が稼ぎ頭」
── 巨大で複雑な会社ほど、「どこで稼いでいるか」を一言にするのが大事だと思っています。
事業構造図 — 「国・インフラ需要」で動く会社
エナジー B2B / B2G
ガスタービン(GTCC)・原子力・火力。AIデータセンターの電力需要と脱炭素が追い風。受注残は5兆円超。
原子力 売上 3,611億円前期比 +21%航空・防衛・宇宙 B2G(国が客)
艦艇・戦闘機・ロケット。防衛費増額が直接の追い風。豪フリゲート等の大型案件が進行。
売上 1兆3,938億円事業利益 1,515億ポイントは、お客さんが「国」か「インフラ事業者」だということです。防衛は国が買い手、原子力やガスタービンは電力会社や各国政府・大型事業者が相手。これは「強み」にも「弱み」にもなります。次の章で、その堀の正体を見ていきます。
第4章 強み=守りの堀 vs 攻めの堀
ハロが企業の強みを見るとき、最近は 「堀(経済的な堀)を2種類に分けて」 考えるようにしています。
- 守りの堀:誰も入ってこられない(参入障壁)
- 攻めの堀:自分で価格を決められる・自分で需要を生み出せる(価格決定力)
三菱重工は、この2つで評価が大きく分かれます。
参入障壁(守り)
強防衛は国の基幹企業で事実上の指名。原子力・大型ガスタービンも技術と実績の壁が極めて高く、新規参入はほぼ不可能。守りの堀は最強クラス。
切替コスト(守り)
強艦艇・原子力プラントは一度任せたら簡単には替えられない。長期保守も伴うため、顧客の囲い込みは効く。
ブランド・シェア
強(条件付)ガスタービンは世界シェア25%→約30%で世界1位。ただし GE・シーメンスという強力なライバルが常に隣にいる。
ネットワーク効果
弱重工業の本質として薄い。外部ネットワーク効果は働かない。
価格決定力(攻め)
弱ここが弱点。防衛は国が買い手で価格交渉の主導権は持ちにくい。需要(防衛予算・電力需要)は外部が決める。自分で需要も価格も生み出せない。
守りの堀(誰も入ってこられない)は最強。でも攻めの堀(自分で価格と需要を生む力)は弱い。
三菱重工の好調は、自分で勝ち取ったものというより、外から来た追い風で押し上げられている── ここが、ハロがいちばん引っかかったところです。
参考までに、発掘ファイル #01 の会社は 攻めの堀(自分で価格を決められる力)が核でした。同じ「強い会社」でも、堀の中身がまったく違う。この違いが、最後の判断を分けます。
第5章 成長性と収益性 — 利益率の正体
数字を見ると、三菱重工の利益はたしかに急成長しています。
ここで、ハロが「おかしいな」と思った点があります。売上は年6.5%しか伸びていないのに、EPS(1株利益)は年36.5%も伸びている。この差はどこから来たのか。
答えは 利益率の改善 です。営業利益率が 2.6%(2022)→ 9.0%(2026) に跳ね上がっている。では、なぜ利益率がこれだけ改善したのか。中身を分解すると、3つでした。
- 赤字事業が黒字になった:航空・防衛・宇宙が赤字から黒字へ転換(防衛予算がGDP比1%→2%で1.5倍、大型案件の進捗)
- 高採算のガスタービンが伸びた:世界シェア25%→約30%、米国受注がAIデータセンター需要でほぼ倍増
- 過去の構造改革:2017〜2020年の苦難期に不採算事業を整理し、損益体質を筋肉質にした
ここが判断の分かれ目です。この3つのうち、繰り返し起きるものはどれか。
「赤字が黒字に戻る」「不採算を整理する」── これは一度きり。リセットは二度は効きません。
残るのはガスタービンの伸びですが、それも AIデータセンターの電力需要という外部要因 が支えている。再エネシフトやAI投資の失速で、いつ向きが変わってもおかしくない。
実際、受注(売上の先行指標)はすでに減速していて、ある年度は前年比13.2%減。そして会社自身の来期見通しも、利益の伸びは +14%へ鈍化 しています。市場が見ている「これからの巡航速度」は、過去の+36%ではなく+14%なのです。
つまり、利益率改善の正体は「正常化(一度きり)+外部の追い風(続く保証なし)」。自分の力で繰り返し成長を生み出すエンジンは、思ったより細い。これが「今後も成長し続ける要素を感じない」とハロが判断した根拠です。
第6章 バリュエーション — 割安ではない
最後に「割安かどうか」です。ハロは割安成長株(成長する会社を、安く買う)を狙っています。三菱重工はどうか。
PER は実績ベースで約35倍、予想ベースでも約31倍。重工業セクターの平均(15〜25倍)より明らかに高い。年初来安値まで下げても、まだ割高ゾーンです。
ここで、割安成長株の判断でよく使う PEG(PER ÷ 利益成長率) を計算してみます。ここが一番のポイントです。
- 過去3年のEPS成長 +36.5% で割ると → PEG = 35 ÷ 36.5 = 約0.96(割安に見える)
- 来期見通しの +14.4% で割ると → PEG = 35 ÷ 14.4 = 約2.4(割高)
同じ会社なのに、どの成長率を使うかで結論が真逆になる。 そして、前章で見たとおり、過去の+36%は「一度きりの正常化+外部の追い風」で水増しされた数字。これから続く現実的な巡航速度は+14%のほう。だとすれば、PEGは2倍超=割高。株価は「+36%級の高成長がこれからも続く」という、かなり強気な前提を織り込んでしまっています。
ちなみにROEは12.3%。日本平均(約8%)は超えますが、突出して高いわけではありません。「ROEは普通、PBRは約3.8倍」── 資本効率の割に株価が高い状態です。
第7章 同業比較 — 三菱重工/IHI/川崎重工
同じ重工・防衛の仲間と並べてみます。
| 指標 | 三菱重工 7011 | IHI 7013 | 川崎重工 7012 |
|---|---|---|---|
| 時価総額 | 約11.9兆円 | 約3兆円 | 約1.6兆円 |
| 事業規模 | 防衛・エナジー総合 | 航空エンジン・防衛 | 航空・車両・防衛 |
| PER水準 | 最も高い(約35×) | 三菱より低い | 三菱より低い |
| FOCUS 時価総額は三菱重工が他2社を大きく引き離す。PER・PBRも三菱が最も高く、市場が三菱に最も強い期待を乗せている=それだけ割高化も進んでいる。出典: 各社IR・irbank.net(取得日: 2026-06-02) | |||
3社のなかで三菱重工は規模も最大、そして PERも最も高い。「業界の代表格だから期待が集まる」のは自然ですが、裏を返せば いちばん割高化が進んでいるということ。同業と比べても「安く買える」状態ではありません。
第8章 投資の物語と前提条件
「もし三菱重工が買いだとしたら、どんな物語(前提)が必要か」を整理します。そして、その前提がどれくらい自分の手の届かないところにあるかを見ます。
防衛費の増額が続く
日本の防衛予算がGDP比2%水準で増え続け、受注が積み上がる。
↔ リスク #1AI電力需要でガスタービンが伸び続ける
データセンターの電力不足が続き、GTCCの受注・単価が高止まりする。
↔ リスク #2高い利益率を維持できる
一度上がった利益率(約9%)が下がらず、来期以降も高水準を保つ。
↔ リスク #3防衛予算は2027年度まで
今の増額方針が確定しているのは2027年度まで。その先は政治次第で、自社ではコントロールできない。
↔ 前提 #1電力需要は外部要因
AI投資の失速・再エネシフトでガスタービン需要が落ちる可能性。GE・シーメンスとの競争も。
↔ 前提 #2利益率改善は一過性が大きい
赤字脱却・構造改革は一度きり。受注は既に減速し、来期の利益見通しは+14%に鈍化。
↔ 前提 #33つの前提のうち、3つとも「自社の努力」ではなく「外部環境(政治・AI投資・需要)」が握っている。ここが、ハロにとって決定的でした。ハロが大事にしている判断軸は 「計画通りに進んでいるか」 ですが、三菱重工は その “計画通り” の鍵を自分で握れていない会社 なのです。
第9章 もし買うとしたら、何が要るか
念のため整理すると、ハロが三菱重工を「割安成長株」として買える状態になるには、最低でもこのくらいが必要です。
MAIN これが揃わないと "割安成長株" にはならない
- 🟡 PERが常態(15〜20倍)まで剥落する(今は約35倍)
- 🟠 受注の減速が止まり、自分の力で伸びる事業が見えてくる
- 🔴 外部の追い風がなくても利益率を保てる証拠が出る
ただし── ハロはこれを「待ちながら追いかける」つもりはありません。
発掘ファイル #01 の会社は「堀は本物だから、値下がりを待って監視する」でした。でも三菱重工は、そもそも攻めの堀(自前で成長を生む力)に疑問がある。値段が下がるのを待つほど惚れ込んでいる会社ではない、というのが正直なところです。だから 見送り。ウォッチリストにも積極的には入れず、ここで一区切りにします。
「安くなったら買う」価値があるのは、自分が本当にいい会社だと思える場合だけ。
そう思えない会社は、いくら下がっても、追いかけない。それでいいと思っています。
第10章 この見送りが間違いになるとしたら
とはいえ、自分の判断が絶対だとは思っていません。**「自分がこの見送りで間違うとしたら、どういう時か」**を、最後に自分のために書いておきます(追いかけるためではなく、謙虚でいるために)。
SUB ハロの "見送り" が外れる可能性(自己反証)
- 防衛が「特需」ではなく構造的な長期需要として定着し、利益率9%が標準になった場合
- ガスタービンがAI電力の本命インフラとして10年単位の需要を獲得した場合
- 会社が自前で需要を生む新規事業(脱炭素・水素・CCUS等)を収益柱に育てた場合
もしこういう変化が本物だと分かれば、その時はまた一から見直します。でも、それは「今」ではない。今の数字で言えるのは、“割安でもないし、自分の力で成長し続ける要素も感じない” ── だから見送り、です。
第11章 まとめ・学び・FAQ
業績が過去最高でも、買いとは限らない。
大事なのは、その好調が「自分で作った堀」から来ているのか、「外から来た追い風」で押し上げられているのか── そこを見分けることです。
三菱重工は、守りの堀(誰も入ってこられない参入障壁)は本物でした。でも攻めの堀(自分で価格と需要を生む力)は弱く、好調の正体は外部の追い風。そして株価は、その追い風が続く前提を織り込んで割高。だからハロは見送りました。
「みんなが騒いでいる人気株を、自分の基準で静かに見送る」── これも立派な投資判断です。買わない判断ができることは、買う判断と同じくらい大事だと思っています。
よくある質問
三菱重工は過去最高益なのに、なぜ買わないのですか?
業績の好調さは事実です。ただハロは「割安成長株(成長する会社を安く買う)」を狙っているため、①PER約35倍で割安ではない ②利益率改善の正体が "赤字脱却+外部の追い風" で自前の成長力が弱い、という2点から「自分の基準に合わない」と判断しました。会社が悪いという意味ではなく、自分の投資スタイルに合わないという見送りです。
"守りの堀" と "攻めの堀" の違いは何ですか?
守りの堀は「誰も入ってこられない」参入障壁(三菱重工は防衛・原子力で最強クラス)。攻めの堀は「自分で価格を決められる・需要を生み出せる」力です。三菱重工は守りは強いが、需要(防衛予算・電力)を外部が握っているため攻めが弱い。好調を見るときは、それが攻めの堀から来ているか、外部の追い風かを見分けるのが大事です。
株価が年初来安値まで下げた今が「買い時」では?
「下げたから買う」は、ハロが過去にいちばん失敗したパターンです。安いかどうかは値動きではなく、企業の価値に対して割安かで決まります。三菱重工はPER約35倍でまだ割高ゾーン。さらに下落理由(地政学リスク・高バリュエーションの反動)が一過性とも言い切れない。だから「下げた」だけでは買う理由になりません。
この記事は「売り推奨」ですか?
いいえ。本記事は個人投資家ハロの観察記録であり、売買推奨ではありません。三菱重工を保有している方への売り推奨でも、空売り推奨でもありません。最終的な投資判断は読者ご自身で行ってください。記載の数値は記事公開時点(2026-06-02 取得)のもので、株価は日々変動します。